【在日米軍立川基地跡】『立川アメリカンビレッヂ』から、砂川闘争の最前線、旧立川飛行場までを歩く

東京都

訪れたスポット
1.立川アメリカンビレッヂ
2.旧在日米軍立川基地(旧立川飛行場、キャンプ・フィンカム)
3.砂川平和ひろば

太平洋戦争に敗れた日本は、占領軍として上陸した連合国に、国内の主要軍事基地を接収された。
関東では横田飛行場(東京都福生市など)、キャンプ座間(神奈川県座間市など)、厚木海軍飛行場(神奈川県綾瀬市など)、横須賀海軍施設(神奈川県横須賀市)などがよく知られている。

立川大山の商店街。八百屋、和菓子屋、酒屋は元気いっぱい営業中であった。近くには小規模なスーパーもある。

そのうちのひとつが立川飛行場だった。
極東航空資材司令部(Far East Air Materiel Command)、その頭文字「FEAMCOM」を取り、往時の米兵たちはフィンカム基地と呼んだらしい。

かなたに見えるのは、2016年に立川駅前に建てられた32階建てのプラウドタワー立川。2022年現在の相場は1億円前後するらしい。住みたい。ちなみに、立川飛行場はしばしば「キャンプ・フィンカム」と呼ばれるが、厳密にいえば、これは誤りなのだそうだ。キャンプとは、主に陸軍の駐屯地を意味し、通常、空軍基地の呼称には用いられない(空軍の場合は基地を意味するベース=Base/Air Baseを用いる)。立川飛行場は元々、帝国陸軍が使用しており、その後アメリカ空軍が接収した経緯がある。その歴史が「キャンプ」という“誤った”呼称を定着させたのかもしれない。

近年、都市としての存在感を高めている東京都立川市。
JR東中神駅(東京都昭島市)からJR立川駅の北側にある広大な土地には、立川広域防災基地が整備されている。映画『シン・ゴジラ』でも話題になったが、首都圏で大規模災害が発生したときに、首都機能をバックアップできるシステムが作られている。

五日市街道沿いで見かけたおなじみのキリスト看板。その文句は「道、真理、命」。ナイスですね。

立川は、多摩地域で特に成長著しい都市だ。グランデュオ、ルミネ、伊勢丹、高島屋と国内屈指の超一流デパートのほか、近年はIKEAやららぽーとなどのメガ商業施設も乱立する。シネフィルには、爆音上映でおなじみの映画館『シネマシティ』も有名だろう。

住宅街のアパートの駐車場に放置されている日産・3代目ADワゴン。4輪すべてパンクしており、車体には苔が生えている。「なぜ……放置?」という疑問しかない。

しかし、40年前まで、このあたりは米軍基地だった。
立川飛行場が全面返還されたのは1977年。
梶芽衣子、安岡力也主演の映画『野良猫ロック セックス・ハンター』では、1970年代の返還前の立川基地の様子が活写されており、なかなか興味深い。あくまで物語のなかではあるが、とにかく治安が悪くて笑うほどだ。

日活1970年、監督:長谷部安春、主演:梶芽衣子、安岡力也、藤竜也、ほか

そんな時代の基地の町感を味わえるのが、昭和記念公園の北側にある立川アメリカンビレッヂだ。
日本国内とは思えないほどの緑の芝生が眩しい広い土地に、米軍ハウスがずらりと並ぶ。
新たに建て直されたものも多いが、築50年前後の米軍ハウスもいくつか残っている。

立川アメリカンビレッヂの町並みは、まさにアメリカそのもの。媒体によって表記がビレッジ、ヴィレッジなどブレるのはご愛嬌。
オリジナルの道路標識が掲示されているのは私有地にある住宅街ゆえか。うーん、アメリカン。
BMC時代のミニが似合う町並み。立川の米軍ハウスは白色が基調。基地の反対側にある福生では青色のハウスをよく見かける。

あちこちに「私有地につき立入禁止」と貼り紙があるが、私有地であれば当然だろう。
閑静な住宅街に、関係のない人が突然ワラワラと集まってきたら、たしかに住民たちは困惑する。
ただ、付近を静かに散歩するくらいは許してくれる……のではないか。

立入禁止の貼り紙。路上駐車など近隣住民に迷惑がかかる行為はNGだ(一般論)。

アメリカ文化を好む者、芸術家、デザイナー、ヒッピーの成れの果て、基地に勤める士官などが住んでいるという。駐留軍人軍属私有車両を意味するYナンバーもよく見かける。この地を訪れたのは、ちょうどクリスマス前とあり、住宅街の軒先にはサンタ帽をかぶった人形などが飾られていた。

アメリカンビレッヂにあるダイナー『MOON HOUSE』。イタリア料理、アメリカ南部料理が味わえる。東京都立川市上砂町1-3-6 バンブービレッヂ18、水木定休。

立川アメリカンビレッヂの周囲には高齢者向けの高級マンション、大山団地などがあり、この上砂町と隣接する砂川町を合わせると人口は3万人弱にもなる。

西日を浴びる大山団地。一軒家が連なる住宅街、巨大な団地は多いのだが、どういうわけかスーパーやコンビニ、ファミレスなどは少なめ。

砂川といえば、砂川闘争が有名だ。立川アメリカンビレッヂから昭和記念公園、陸上自衛隊立川駐屯地のフェンス沿いに歩いていくと、約900mの滑走路が見えてくる。

旧在日米軍立川基地(旧立川飛行場)の旧滑走路前はフェンスが引かれ、立ち入りが禁止されている。

さらにもうちょっと歩くと、もうひとつ別の滑走路が見える。視界の果てまで分厚いアスファルトで覆い尽くされているのは、フィンカム基地こと旧在日米軍立川基地の滑走路の跡だ。
このあたりは国有地と私有地が複雑に入り組んでいる。旧滑走路の一部と森林は、私有地のようだ。

花村萬月著『ゴッド・ブレイス物語』(集英社文庫)に短編『タチカワベース・ドラッグスター』が収録されている。
フェンス越しに見た旧滑走路。アスファルトの継ぎ目から雑草が生えている。

この旧滑走路を舞台にした作品はいくつかある。花村萬月の初期の短編『タチカワベース・ドラッグスター』もそのひとつ。主人公のテツオが怪物ハーレーを駆ったのは、ここではないのか。

砂川平和ひろばは毎日開いているわけではないようだが、もし誰かがいるようなら、散歩の途中で覗いてみたい。
当時、ここに日本山妙法寺の道場が建てられ、砂川闘争の集会所として使われていた。現在その跡地に巨大な石碑が建ち、裏手には「団結じいさん」と呼ばれた住民のお墓がある。

旧在日米軍立川基地の対面に、『砂川平和ひろば』はあった。
シャッターの貼り紙に「砂川闘争写真・資料展示」とある。初見で飛び込むにはそこそこ勇気がいったが、なかの人に声をかけると、「どうぞ、ここに名前を書いて」と展示室に招き入れてもらった。
12畳ほどの広さの展示室には、砂川闘争関係の資料が所狭しと並べてある。
ノートに名前を記帳すれば、無料で閲覧できるそうだ。

展示室の壁には当時の写真、ポスターなどがびっちり掲げられている。いまでは廃刊となった貴重な書籍や写真集なども置いてあった。
ムシロに書かれた「団結」の文字は、普段政治活動に無縁な者にとっては、ややパンチが利いており、ややビビる。
米軍立川基地の滑走路にはアスファルトが使われていたようだ。

展示室は、反基地運動を中心とする強めの主張で埋め尽くされる。
当時の住民運動の写真のほか、「砂川町 団結 反対同盟」と書かれたムシロがあった。
普段の生活ではあまり見ることのない「団結」という文字に、正直やや気圧される。

砂川闘争20周年を記念し、1975年に建立された石碑。周辺の畑では、先の市民団体主催の農作業体験ができたりするそうだ。

建物の裏手には、「平和之礎」と書かれた石碑があった。裏手に回ってみたが、1975年の建立にしては劣化がひどく、そこに刻まれた文字はかすれて読めなかった。

交通アクセス
電車:西武鉄道武蔵砂川駅(東京都立川市上砂町)