【武蔵国五ノ宮】上毛三山をかなたに望む、金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町)を参拝する【交通安全ステッカー集め】

神川町

訪れたスポット
1.金鑚大師(大光普照寺)
2.金鑚神社

かつて東京都の全域、そして埼玉県と神奈川県の一部を、武蔵国と呼んだ。
武蔵国の異称は武州。武州という名は今もちゃんと生きていて、武州ガスとか武州製薬とか武州鉄道とか、関東のあちこち(特に埼玉あたりの企業名や駅名)でよく見かける。

武蔵国総社・六所のステッカー。上の2枚は大国魂神社、右下は小野神社、左下は二宮神社。氷川神社と秩父神社はバイクに貼っちゃったので手元になし。杉山神社は未参拝。今度買ってこよう。

武蔵国の総社は、東京都府中市にある大國魂神社だ。
総社とは、その地域の祭神(神さま)を集めて祀った格式の高い神社のこと。
大國魂神社では、武蔵国にある6つの神社の祭神を祀っている。

総社/大國魂神社(東京都府中市)
一ノ宮/小野神社(東京都多摩市)
二ノ宮/二宮神社(東京都あきる野市)
三ノ宮/氷川神社(埼玉県さいたま市)
四ノ宮/秩父神社(埼玉県秩父市)
五ノ宮/金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町)
六ノ宮/杉山神社(神奈川県横浜市)

神社の格式は、一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮……の順となる。
ただ、その序列には諸説あるらしく、いくつかの神社が「うちは一ノ宮だ」「こっちは二ノ宮だ」とアピールしている。そりゃ、おらが地域の神さまは格式が高いものだと信じたい。1つでも社格が高いと記された資料や伝承があるなら、なおさらだろう。その気持ちはよくわかる。なにせ古い時代の話である(武蔵国では、氷川神社が一ノ宮、金鑚神社が二ノ宮の社号標を掲げる)。

正月三が日は人出がハンパない。前の道を埼玉県警が交通規制していた。ちなみに駐車料金は1回500〜1000円といったところ。

2022年の三が日、金鑚大師、金鑚神社を参拝してきた。
金鑚は「かなさな」と読む。Google大学のWikipedia名誉教授によると、金鑚とは「砂鉄を意味する『金砂(かなすな)』が語源」だそうだ。

参道に露店が並び、お祭り気分を盛り上げてくれる。たこ焼きが食べたかったが、猛烈な行列だったので諦めた。
境内に設置された常香炉。香のけむりを息子の頭に何度もかけ、「頭がよくなりますように、頭がよくなりますように」とお願いしている母親がいてめっちゃワロタ。息子も爆笑してた。
普段の静かな寺社仏閣も荘厳で素敵ですが、にぎやかな雰囲気の初詣も楽しいですね。
金鑚大師(大光普照寺)の交通安全ステッカー。シンプルなひし形のデザインがイカス。初穂料は300円。
こちらは角大師魔滅大師門札ステッカー。初穂料は700円。左の元三大師(角大師)のデザインはめっちゃカッコいい。いろんなものに貼りたい。

まずは、金鑚神社の別当寺である金鑚大師(大光普照寺)を参拝する。
別当寺とは、「神社を管理するために置かれた寺」のことらしい(Wikipedia名誉教授)。神仏習合の時代の歌って踊れるアイドルのようなものだ。神道も仏教もいける、みたいな。
金鑚大師の本尊は元三大師で、降魔札(ごうまふだ)のデザインはめちゃクール。この元三大師を本尊とするのは、多摩地域であれば、ほかに深大寺(調布市)や拝島大師(昭島市)が有名だ。
新年とあって、参道にたこ焼き屋、ベビーカステラ屋、焼きそば屋、クレープ屋などの露店がずらり。それどころか境内にも露店が立ち、鶏肉の空揚げをほお張りながら参拝するという、なかなかナイスなアハ体験ができた。

続いて金鑚神社のコンクリート鳥居。金鑚神社は、ほかにも重要文化財の多宝塔、特別天然記念物の鏡岩などの見どころがいっぱい。
「金鑚」と書かれた表札。金鑚という名字は全国でも珍しく、埼玉県児玉郡神川町と、三重県津市にわずかにある程度とのこと。

続いて、武蔵国五ノ宮、金鑚神社に向かう(二ノ宮という説もあり)。
参道にジャンクフード系の露店が並ぶほか、群馬県安中市の鍛冶屋、栃木県日光さる軍団の猿まわしなどが参拝客を集めていた。神流川のほとりにあり、群馬県境に近いこの地域は、埼玉県内というより、群馬栃木の北関東の生活圏にも近いのかもしれない。初詣は宗教行事以外にも、観光としての側面も強い。とにかく楽しむのがいちばんだろう。こちとら仕事は無能の極みだが、楽しむのだけは得意だ。

群馬県安中市の鍛冶屋『本家松永製作所』の出張販売。包丁をはじめ、ナタやカマ、クワなどの農作業用のナイスな感じのやつが売っていた。
太郎次郎一門のさくらちゃん。有名な古社の初詣では猿まわしが見られたりするのね。知らなかったわ。
神橋を抜け、この鳥居をくぐると、その向こうには神楽殿と本殿、拝殿がおます。
神楽殿では本庄市無形民俗文化財、金鑚神楽が演じられていた(深谷市永田/永田組)。演目は岩戸開。金鑚神社の主祭神は、天照大神 (あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊 (すさのおのみこと)なのだそう。

金鑚神社の裏に、御嶽山がそびえる。
そびえるといっても標高344m。それほど高い山じゃない。我が健脚を持ってすれば余裕で登れるでしょ……と舐めていたが、歩きはじめて2秒でバテた。運動不足の身にはそこそこツラい。運動靴を履いてきてよかった。これがブーツだったら、足に豆を作って途中撤退したところだ。セーフ。

階段の急勾配を見上げるだけで吐き気がする。お母さん、ボクもう歩けないよ。

句碑を見ながらブヒブヒ歩く。沢の脇にある法楽寺跡を過ぎ、山道に連なる石仏群を眺めつつ、さらにどんどん歩く。この石仏群は、空海の四国八十八ヶ所巡礼を模し、江戸時代には88体あったらしいが、現在は70数体を残すのみだという。ブヒブヒ。

法楽寺の手前あたりまで山道の脇に句碑が並ぶ。季節を詠んだもの、戦時中の仲間を思い出したもの、なかなか味わい深い。
登山道に連なる石仏群。古い時代のものらしく、刻まれた文字は読めないものが多い。落ち葉や土に半ば埋まったような石仏もあった。

令和の御世まで、江戸時代の石仏が70数体もよく残ったと思えるし、10数体はなぜ消えたのかとも思う。どこかの罰当たりが石仏を砕いたり、崖から落としたりしたのだろうか。

左手は女坂(巻き道)、右手は男坂(近道だがつらい)。私は屈強な男性なので、迷わず楽な女坂を行く。
女坂を進むつもりだったが、背後から歩いてきたおじいちゃんが迷わず男坂に向かったため、なんか負けた気がして私も男坂に向かった。すると目の前にクサリ場が登場。「これもう普通に登山じゃん……もっと楽に登れると思ったのに……」なんてひとりごちながらブヒブヒ登る。御嶽山に登るときは、運動靴やハイキングシューズを履いておきたいところ。
御嶽山頂は、冬でも木々で視界が遮られている。標高343.4mと看板があった。また、ここは御嶽城の本郭(本丸)跡でもある。平安時代から鎌倉時代にかけて、安保氏という地域の武士が統治したエリアのよう

御嶽山頂は、手前に松が茂り、登山者の視界をさえぎる。
眺望を楽しむなら、中腹の『岩山展望』がいいだろう。よく晴れた日には、左から浅間山、横手山、榛名山、武尊山、黒檜山、白根山、男体山が望める。滑り落ちないように注意しながら、岩のてっぺんによじ登る価値があるかもしれない。

滑りにくい運動靴や登山靴を履いているなら、岩のてっぺんに登ってみたい。雨で濡れているときは滑るので注意。当日は家族連れがおり、「お父さん気をつけてよ」「わかってるよ」「お父さん本当に注意してね」「わかってるって!」なんて見守る家族と微笑ましい会話をしながら岩を登る老年男性がいた。
『岩山展望』からの眺めは絶景。関東平野の北限を望める。冬は空気が澄んでいて、しかも手前の木々の葉がないので視界が開けている。
ポッティングと呼ばれる樹脂盛り加工が施された金鑚神社の交通安全ステッカー。「武蔵国二宮」と記してあるのがナイスです。デザインされている山は御嶽山だろうか。初穂料は800円。

武蔵国は、総社の大國魂神社を筆頭に、一ノ宮から六ノ宮までどこもナイスな神社ばかりだ。
いつか再訪したとき、コレクションの交通安全ステッカーをお見せしたい。

交通アクセス
車:東京方面からは国道462号を埼玉県児玉郡神川町方面へ(※無料駐車場あり。祭事中は有料)