【三億円事件】現金輸送車強奪事件があった府中刑務所を歩く

東京都

訪れたスポット
1.国分寺駅
2.府中刑務所
3.東芝府中工場/東芝府中事業所
4.武蔵国分寺跡・七重塔跡

1990年代から2000年代にかけて、ビートたけしはスーパースターだった。
「その前からスーパースターだろ」とか「今でもスーパースターだろ」という指摘は当然あるだろうけど、それにしてもその頃のたけしの輝きは子供ながらハンパなく思えた。『戦場のメリークリスマス』の成功以降、映画やドラマで「あの役をたけしが演じたらどうなるか?」はひとつのキーワードだったように思う。
大久保清を演じたり、金嬉老を演じたり、年末のスペシャルドラマでは忠臣蔵の大石内蔵助を演じたり。演技がうまいわけではない。セリフがいいわけでもない(今も昔も変わらず滑舌は悪い)。ただひたすら、たけしが役を演じることに意味があった。そして、どの役にも奇妙なリアルさがあった。

そのうちのひとつが、2000年のTVドラマ『三億円事件〜20世紀最後の謎〜』で演じた主犯・先生役だった。

『三億円事件』とは、1968年の冬、東京都府中市の府中刑務所の前で、現金3億円を積んだ現金輸送車が強奪された事件だ。現金輸送車に乗っていた運転手と行員2人に怪我はなく、東芝府中工場の従業員にボーナスとして支払われるはずだった3億円も、海外の保険会社から保険が下りた。史上最高額の現金強奪事件。そして「被害者のいない劇場型犯罪」としてマスコミを大いに賑わせ、当時は犯人を英雄視するような風潮すらあったそうだ。

今回は、その事件現場を歩いてみる。JR国分寺駅から府中刑務所まで約2.5km。そこから東芝府中工場、武蔵国分寺跡の七重塔跡(現金輸送車放置現場)を見て回っても7〜8km。2時間もあれば歩ける。

『三億円事件〜20世紀最後の謎〜』は、フジテレビのゴールデン洋画劇場の枠で放送された2時間半のドラマだ。主犯役はビートたけし。長瀬智也、松田龍平、渡部篤郎との共演も話題になった。“原作”は、一橋文哉の『三億円事件」(新潮社)。変名ジャーナリストが著したこの1冊、ノンフィクションなのかフィクションなのか、なんとも言いがたい珍妙な作品だ。ノンフィクションっぽい雰囲気を醸し出しているのがなんとも言えないところ……。

1968年12月10日の朝9時過ぎ、3億円を積んだ現金輸送車は、国分寺駅前にあった日本信託銀行国分寺支店を出発する。国分寺駅前は平成以降何度も再開発され、当時の建物は現存しない。北口ロータリー側から、その建物があった本町二丁目の交差点を撮影。
国分寺街道は住宅街とスーパー、学校が並ぶ静かな通りだ。やがてけやき並木通りに接続し、京王線府中駅前につながる。
国分寺街道の脇にある路地。共産党、公明党のポスターを眺めながらずんずん進むと、偽装白バイが停まっていた空き地に出る。

銀行を出発した現金輸送車は、JR中央線の殿ヶ谷戸立体をくぐり、国分寺街道を南下する。マンションやアパートが並ぶ住宅街を抜け、府中明星高、東京農工大学が見えたところで学園通りを右折した。
いっぽう犯人は(もはや私のなかではたけしの顔が浮かぶ)、国分寺街道の脇に延びる細い路地の空き地に、偽装した白バイ(ヤマハ・スポーツ350R1)を停車させ、待機していた。

犯人は、偵察用の盗難車(第1カローラ)で、現金輸送車が当日どのルートを走るか確認したあと、この空き地に向かった。そして偵察用の第1カローラを乗り捨て、偽装白バイに乗り換えると、学園通りを走る現金輸送車を追った。
犯人に時間的な余裕はなかった。偽装白バイは、人目を避けるためにかけてあったカバーを、引きずったまま走り出した。

事件当日、近所の住民がエンジンがかけっぱなしの偽装白バイを目撃している。なぜエンジンがかけっぱなしだったのか。昔のバイクは、今のようにスイッチひとつでエンジンが始動するわけではない。キックでかける必要があったし、車種によってはかかりも悪い。そのため最初からエンジンをかけた状態で停めていたのだろう。

犯人は学園通りを飛ばし、先行する現金輸送車を追った。
当時は刑務所の内側に高い監視塔があったそうだ。現在監視塔はなく、その代わり、至るところに監視カメラが設置されている。

学園通りを東芝府中工場方面に走ると、左手に府中刑務所が見える。
高さ5.5mのコンクリートの壁がそびえ立つこの通りに、カバーを引きずった偽装白バイが放置されている光景はなかなかシュールだ。現在の刑務所の周囲は、足元を照らす照明が設置され、背の低い街路樹が植えられているが、当時とほとんど景色は変わらない。

白バイ隊員を装った犯人は、歩道橋の手前で、現金輸送車を停車させる。車体の下に爆弾が見つかったと運転手と行員を車から降ろし、十分に距離を取ったところで、輸送車に乗り込んで逃走する。

このあたりが三億円事件の強奪現場になった場所だ。犯人は歩道橋の手前で現金輸送車を停車させ、その車体の下に発煙筒を仕掛けた。現金輸送車を強奪されたと気づいた行員は、刑務所内の監視塔に向かって「警察を呼んでくれ」と大声で叫んだ。
歩道橋から東芝府中工場方面を眺める。左手に見える塔は東芝の試験施設(監視塔ではない)。
府中九小前歩道橋は、通路が目隠しされている。刑務所の内側は見ちゃいかんものなのだ知らんけど。もちろん受刑者のプライバシー保護もあるだろう。話は飛ぶが、その昔、宮嶋茂樹カメラマン、大倉乾吾カメラマンが小菅の東京拘置所で麻原彰晃の最後の写真を撮影したときも内部は大騒ぎだったと読んだ。刑務所の内側は見ちゃいかんものなのだ知らんけど。
「刑務所角」の交差点。犯人は現金輸送車を飛ばし、この交差点を赤信号で右折した。ちなみに、現金強奪シーンのたけしの演技はとてもよい。セリフがないときのたけしは最高だ。1994年のバイク事故の後遺症なのだろう、左目だけでまばたきするのもまたシブい。
JR武蔵野線のアンダーパスをくぐると、東芝府中工場の工場群が見える。かなたにそびえるのは、高さ135.65mのエレベーター試験塔だ。現金輸送車が運んでいた3億円は、この東芝府中工場の従業員のボーナスだった。ちなみに、リーチ・マイケル主将率いる東芝ラグビー部の練習場は、この向こう側にある。
犯人が現金輸送車を放置したのはこのあたり。七重塔は、聖武天皇の命によって建立され(741年頃)、高さ60mほどあったという。こちらもまた別の機会にゆっくり訪れたい。

現金輸送車が発見されたのは、府中刑務所の北約500mにある武蔵国分寺七重塔跡付近。犯人が信号無視で右折した「刑務所角」の交差点から約1km。現在は公園然としているが、事件当時は写真を見るに雑木林だった。その雑木林に頭から突っ込むようにして、現金輸送車は放置されていた。

空き地、クヌギ林、農地が広がるこの辺りは、昼間でも人通りがさほど多くなく、普段は営業車が休憩していたりする。当日は車上生活しているとおぼしき、家財道具一式を車内に詰め込んだアメ車が停まっていた。

犯人は、ここで逃走用車両(第2カローラ)に乗り換えた(と思われる)。
そして唐突に、犯人の足取りは途絶える。当たり前といえば当たり前か。事件は未解決なのだ。我々がこの物語の結末を知る術はない。この逃走用車両は、事件から4ヶ月後、小金井市本町の小金井本町住宅の駐車場で発見される。車内には空のジュラルミンケースが3つ残されていた。犯人がどこで3億円の現金を抜き取ったかは不明だ。3億円の紙幣の重さは74.1kgにもなる。

この駐車場の奥に、カバーをかけられた逃走車両が放置されていた。読売新聞オンライン『深読みチャンネル』に当時の写真が掲載されているが、それを見るとこの辺りの風景は当時と変わらない。奥に見える背の高い木も同じ。事件から50年以上経った今、同じ場所を歩いていると何か不思議な感じがする。
高度経済成長に造成された団地群。50〜60年の年月が過ぎた建物は老朽化も目立つ。

有名なモンタージュ写真も、好奇心を刺激した警官の息子犯人説も、犯人逮捕につながらなかった。映画も小説も漫画も、すべて想像の域を出ない。時効までに投入された捜査員は延べ7万人超、容疑者は11万4000人超。犯人につながる手がかりは一切つかめないまま、1975年に時効が成立した。
私の頭のなかでは、ずっとたけしが笑っている。