訪れたスポット
1.多磨全生園
桜の季節になると思い出す場所がある。
全国に13ある国立療養所のひとつで、国内最大規模のハンセン病の病床数を誇る施設。東村山市にある多磨全生園だ。園内は入所者の生活の場であるが、地域住民が自由に散歩できるなど、なかなか開放的な雰囲気がある。
春になって、桜が咲き乱れるのは、介護棟から永代神社までの通り。そして永代神社から国立ハンセン病資料館までの小径。ここ数年はコロナ感染症の外出自粛で訪れる機会がなかったが、今春は東京都でもまん延防止等重点措置が解除された。
開花宣言のニュースを待ち、久しぶりに多磨全生園を訪れた。




敷地の内周をぐるりと歩くと約2km。途中、資料館や食事処、園内の歴史的な施設を見て回れば、4〜5km(約1時間)の散歩コースになる。




国内におけるハンセン病の歴史、病者が受けた苛烈な差別については、敷地内にある国立ハンセン病資料館で学べる。明治から昭和初期にかけて、医学がまだ十分発達していなかった時代、ハンセン病は恐ろしい感染症で、また不治の病であった(もちろん現在は普通に治る)。本邦では約90年のあいだ、強制隔離政策がとられ、病者は施設に閉じ込められ、外界との関係を絶たれた。



全生園の南に、旧山吹舎が残されている。独身男性の軽症者用の居住施設で、ここに30人以上が暮らしていたという。入所者たちの生活は過酷だった。病者が施設から逃げるのを防ぐため、施設内だけで通用する独自の通貨が発行された。
(施設の外に出れば、入所者は文無しになる。独自紙幣といえば大東島紙幣を思い出すが、その大東島紙幣にも島民の逃亡を防ぐという意味があったらしい)


国立ハンセン病資料館の入り口に、母娘遍路像があった。
石碑には、「お遍路は信仰の旅であると同時に、故郷を追われた人々の生活を支える旅であった。江戸時代以来、ハンセン病者の多くが、遍路となって四国へ渡った。四国には、お遍路を温かく持て成す<お接待>の風習があり、病者達は、これに残る命の糧を求めたのである。しかし、不自由な躰に八十八ヶの礼所の旅は遥けく遠い。あるいは遭難により、あるいは病の進昂により、道半ばに斃れた遍路も少なくなかった」とある。



そういえば、橋本忍脚本の映画『砂の器』にもそんな描写があったっけ。加藤剛演じる和賀英良が奏でる組曲『運命』を背景に、ハンセン病を患う父子が四国、中国地方を放浪する回想シーンだ。最近はサブスクなどで名作映画が気軽に観られる。久しぶりに『砂の器』を観たくなった。



全生園の南に宗教地区がある。
礼拝や法話のない平日なら、宗教地区に人はほとんどおらず、厳かな雰囲気を独占できる。真宗会館、全生大師堂、日蓮宗会堂、聖フランシス聖エリザベツ礼拝堂、多磨全生園カトリック愛徳会、秋津教会などの礼拝施設が肩を寄せ合っているのを見ると、当時の入所者がどんな気持ちで神仏にすがったのか想像するだけで胸が締め付けられる。




