訪れたスポット
1.金鑚大師(大光普照寺)
2.金鑚神社
かつて東京都の全域、そして埼玉県と神奈川県の一部を、武蔵国と呼んだ。
武蔵国の異称は武州。武州という名は今もちゃんと生きていて、武州ガスとか武州製薬とか武州鉄道とか、関東のあちこち(特に埼玉あたりの企業名や駅名)でよく見かける。

武蔵国の総社は、東京都府中市にある大國魂神社だ。
総社とは、その地域の祭神(神さま)を集めて祀った格式の高い神社のこと。
大國魂神社では、武蔵国にある6つの神社の祭神を祀っている。
総社/大國魂神社(東京都府中市)
一ノ宮/小野神社(東京都多摩市)
二ノ宮/二宮神社(東京都あきる野市)
三ノ宮/氷川神社(埼玉県さいたま市)
四ノ宮/秩父神社(埼玉県秩父市)
五ノ宮/金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町)
六ノ宮/杉山神社(神奈川県横浜市)
神社の格式は、一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮……の順となる。
ただ、その序列には諸説あるらしく、いくつかの神社が「うちは一ノ宮だ」「こっちは二ノ宮だ」とアピールしている。そりゃ、おらが地域の神さまは格式が高いものだと信じたい。1つでも社格が高いと記された資料や伝承があるなら、なおさらだろう。その気持ちはよくわかる。なにせ古い時代の話である(武蔵国では、氷川神社が一ノ宮、金鑚神社が二ノ宮の社号標を掲げる)。

2022年の三が日、金鑚大師、金鑚神社を参拝してきた。
金鑚は「かなさな」と読む。Google大学のWikipedia名誉教授によると、金鑚とは「砂鉄を意味する『金砂(かなすな)』が語源」だそうだ。





まずは、金鑚神社の別当寺である金鑚大師(大光普照寺)を参拝する。
別当寺とは、「神社を管理するために置かれた寺」のことらしい(Wikipedia名誉教授)。神仏習合の時代の歌って踊れるアイドルのようなものだ。神道も仏教もいける、みたいな。
金鑚大師の本尊は元三大師で、降魔札(ごうまふだ)のデザインはめちゃクール。この元三大師を本尊とするのは、多摩地域であれば、ほかに深大寺(調布市)や拝島大師(昭島市)が有名だ。
新年とあって、参道にたこ焼き屋、ベビーカステラ屋、焼きそば屋、クレープ屋などの露店がずらり。それどころか境内にも露店が立ち、鶏肉の空揚げをほお張りながら参拝するという、なかなかナイスなアハ体験ができた。


続いて、武蔵国五ノ宮、金鑚神社に向かう(二ノ宮という説もあり)。
参道にジャンクフード系の露店が並ぶほか、群馬県安中市の鍛冶屋、栃木県日光さる軍団の猿まわしなどが参拝客を集めていた。神流川のほとりにあり、群馬県境に近いこの地域は、埼玉県内というより、群馬栃木の北関東の生活圏にも近いのかもしれない。初詣は宗教行事以外にも、観光としての側面も強い。とにかく楽しむのがいちばんだろう。こちとら仕事は無能の極みだが、楽しむのだけは得意だ。




金鑚神社の裏に、御嶽山がそびえる。
そびえるといっても標高344m。それほど高い山じゃない。我が健脚を持ってすれば余裕で登れるでしょ……と舐めていたが、歩きはじめて2秒でバテた。運動不足の身にはそこそこツラい。運動靴を履いてきてよかった。これがブーツだったら、足に豆を作って途中撤退したところだ。セーフ。

句碑を見ながらブヒブヒ歩く。沢の脇にある法楽寺跡を過ぎ、山道に連なる石仏群を眺めつつ、さらにどんどん歩く。この石仏群は、空海の四国八十八ヶ所巡礼を模し、江戸時代には88体あったらしいが、現在は70数体を残すのみだという。ブヒブヒ。


令和の御世まで、江戸時代の石仏が70数体もよく残ったと思えるし、10数体はなぜ消えたのかとも思う。どこかの罰当たりが石仏を砕いたり、崖から落としたりしたのだろうか。



御嶽山頂は、手前に松が茂り、登山者の視界をさえぎる。
眺望を楽しむなら、中腹の『岩山展望』がいいだろう。よく晴れた日には、左から浅間山、横手山、榛名山、武尊山、黒檜山、白根山、男体山が望める。滑り落ちないように注意しながら、岩のてっぺんによじ登る価値があるかもしれない。



武蔵国は、総社の大國魂神社を筆頭に、一ノ宮から六ノ宮までどこもナイスな神社ばかりだ。
いつか再訪したとき、コレクションの交通安全ステッカーをお見せしたい。
交通アクセス
車:東京方面からは国道462号を埼玉県児玉郡神川町方面へ(※無料駐車場あり。祭事中は有料)


